かたみ歌
著 者:朱川湊人
出版元:新潮文庫
発行日:2008年02月01日
内容(裏表紙より引用): 不思議なことが起きる、東京の下町アカシア商店街。殺人事件が起きたラーメン屋の様子を窺っていた若い男の正体が、古本屋の店主と話すうちに次第に明らかになる「紫陽花のころ」。古本に挟んだ栞にメッセージを託した邦子の恋が、時空を超えた結末を迎える「栞の恋」など、昭和という時代が残した“かたみ”の歌が、慎ましやかな人生を優しく包む。7つの奇蹟を描いた連作短編集。
所感: 以前から気になっていた連作短編集。
ハジメマシテの作家さんだ。
物語の舞台は昭和30年代の東京。
下町にあるアカシア商店街。
この街にある覚智寺には不思議な言い伝えがある。
このお寺のどこかが「あの世」と繋がっているというのだ。
そんなお寺があるせいかこの街では度々不思議な現象
――あの夜とこの世が繋がる――が起こる。
しかしそれはおどろおどろしいものではなく、恐ろしくもなく。
どちらかというとちょっと哀しくて、可笑しくて、そして切ない。
本書に収められている5編の短編には必ず誰かの「死」が登場する。
その「死」には強盗事件や自殺なども含まれるのだが、
不思議なことに陰惨でも残酷でもない。
いやむしろあったかく不思議な読感が漂う。
帯が大々的にうたうほど泣けはしなかったけれど、
じんわり淡々と伝わってくる何かがある。
この「じんわり」具合が読む人を選ぶような気もするのだけれど
(人によっては「ぼんやり」とした印象を受けるかもしれない)
私にはこの塩梅がとても好ましく思えた。
昭和というどこかノスタルジックな雰囲気をまとう文章。
そのノスタルジーとあの世とこの世を繋ぐ哀しみが見事にマッチしていて、
アカシア商店街で起きる「不思議」を
――普段、非現実的なモチーフを好まない私でも――
すんなり受け入れてしまった。
本書の最後の作品『枯葉の天使』である人物がこんなことを言う。
「面白いものですね、世の中と言うものは。日々誰かが去り、日々誰かがやってくる。時代も変わり、流行る歌も変わる……けれど人が感じる幸せは、昔も今も同じようなものばかりですよ」
昭和が終わって早20数年。
平成もいつか終わりが来る。
しかし私たちが感じる「しあわせ」とは
時代が変わろうとも根本的には変わらないのかもしれない。
『かたみ歌』収録作品 ・紫陽花のころ
・夏の落とし文
・栞の恋
・おんなごころ
・ひかり猫
・朱鷺色の兆
・枯葉の天使