青空の卵
著者:坂木司
出版社:創元推理文庫
初 版:2006年02月24日
内容(裏表紙より引用): 僕、坂木司には一風変わった友人がいる。自称ひきこもりの鳥井真一だ。複雑な生い立ちから心を閉ざしがちな彼を外の世界に連れ出そうと、僕は日夜頑張っている。料理が趣味の鳥井の食卓で、僕は身近に起こった様々な謎を問いかける。鋭い観察眼を持つ鳥井は、どんな真実を描き出すのか。謎を解き、人と出会うことによってもたらされる二人の成長を描いた感動の著者デビュー作。
所 感: この作品は前々から気にはなっていたのだが、どうも読むのが躊躇われていた。
裏表紙にあるように、この物語の主人公は「複雑な生い立ちから心を閉ざしがち」だという。
なんだか重そうで、場合によっては感情が揺さぶられそうだなぁ…と、
どうも手が伸びずにいたのだ。
でも、やっぱり気になる…。
色々なブログでも紹介されている…。
うーん、うーん、と長いこと考えていたのだが、
意を決して読んでみた。
そうしたら、想像していたものも何倍もよかった。
ある種の児童虐待に依存に供依存に引きこもりに試行錯誤にパニックに…と
複雑なエッセンスがバンバン登場するのだけれど、
前向きな感じに仕上がっている。
そこがいい。
母親に愛されず、祖母には母への憎しみを教えられ、
父は仕事にかまけて家にいなかった…
そんな環境で育ち、傷つき過ぎてもはや自分のことでは
傷つくことができなくなった鳥居。
その彼が唯一信頼し、唯一の心のよりどころとする友人・坂木。
鳥居は坂木が鳥居の元を離れるのを何よりも恐れている。
坂木に嫌われないこと、坂木を悲しませないこと、坂木に捨てられないこと。
それが鳥居にとって、生きる上で何よりも大事なことである。
そんな引き籠りがちな鳥居(鳥居の仕事は在宅)を
「外」に連れ出そうと試みる坂木。
少しずつ「外」とのつながりを受け入れ始める鳥居。
そしてそんな鳥居を少し淋しく思う坂木。
過去との決別と自己の再生を試みる鳥居を襲うパニック、恐怖。
そんな鳥居の傍にいつもいる坂木。
鳥居が落ち着いている時は、
どっからどうみても坂木は鳥居の友人だ。
しかし取り乱した鳥居に対しては坂木はまるで鳥居の保護者。
鳥居の心に影響を及ぼす事象はこの世に二つだけ。
ひとつは家族、そしてもうひとつは坂木、だ。
鳥居は坂木の涙を見ると、坂木が悲しそうな顔をすると、
嫌われたんじゃないか、捨てられるんじゃないかと不安になり取り乱す。
大人の男性二人の関係としては、
「一般的」というカテゴリからははみ出しているであろう鳥居と坂木の関係。
この関係を受け入れられるかどうかがこの物語を楽しめるかどうかの鍵となる。
本品は日常の謎を扱った連作短編ミステリだけれど、
わたしが何よりも注目しているのは鳥居の成長。
現実と照らし合わせると多少、都合よく行きすぎな感は否めないが、
それでもやっぱり前向きな仕上がりがいい。
過去との決別も自己の再生もいつかきっとできる。
そう思いながら楽しむ短編ミステリ。
もちろん、登場する日常の謎もなかなか素敵だし、
鳥居や坂木はもちろん脇役に至るまで、キャラクターもいい。
ちなみにこの作品は「引きこもり」シリーズと呼ばれる3巻完結の連作短編集である。
『青空の卵』収録作品 ・夏の終わりの三重奏
・秋の足音
・冬の贈りもの
・春の子供
・初夏のひよこ
BLは萌えてしまうとマニア向きになってしまう。
そんな気がします。
結局、通過儀礼の物語だったのですね。
三冊共読了。
甘いけれど、それでも切なくて良かったです。
もっとも、その他の作品には手が伸びないですが・・・。